BRIT2012にて、サハリン残留日本人・韓人の第2世代(樺太生まれ or 樺太育ち)の視点から国境変動の意味を考えるという報告をしてまいりました。

第2世代の引揚者にとっては、引揚は「故郷から」のまだ見ぬ「祖国へ」の「追放」だったのですが、それでは残留者は「追放」を経験しなかったのかというとそういうわけではありません。

残留者は「祖国へ」の帰還の道を閉ざされただけではなく、ソ連人の移住により「樺太」が「サハリン」へと変容してゆくことで、「故郷へ」と「追放」されたのでした。

結論としては、拡大する国民帝国の狭間の国境地帯に住む人々の国境変動をめぐる経験の一端を明らかにし、そこから「多数エスニック地域」としてサハリン島を考えることを提起いたしました。

今回のBRITは、日韓ロの樺太・サハリンの引揚・残留・帰国について研究を行っている若手研究者が顔を合わせる機会ともなり、私としては今後のこの分野の大きな見取り図を描くことができ、大きな収穫を得ました。

途中で対馬のフィールド・トリップを挟んでの、福岡・釜山での対岸開催という困難なスケジュールを見事に実現してくださったスラ研の皆さまには心より感謝しております。

 
Exile to Motherland and Exile to Hometown : Repatriating from Karafuto and Remaining in Sakhalin” (Session 1-13), The XII International Scientific Meeting on Border Regions in Transition November 13, 2012 Fukuoka, Japan.

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