Archive for 2015年9月

『樺太の残照』 書店取り扱い開始。

以前お知らせした日本サハリン協会『樺太の残照』が、以下の札幌の書店さんのご協力で店頭扱いをしていただけることとなりました。実物を手に取ってからご購入なさりたい方はぜひ店頭へ足をお運びください。また、電話等での問い合わせにも応じていただけるはずです。

紀伊国屋札幌本店さん(札幌市中央区北5条西5-7 sapporo55内)
サッポロ堂書店さん(札幌市北区北9条西4丁目1)
弘南堂書店さん(同北12条西4丁目)
書 名:『樺太(サハリン)の残照―戦後70年近藤タカちゃんの覚書』
企 画:NPO法人 日本サハリン協会
座談会:
近藤孝子(サハリン日本人会(北海道人会)、元会長・副会長)
笹原茂(樺太同胞一時帰国促進の会、日本サハリン同胞交流協会、元副会長)
小川岟一(樺太同胞一時帰国促進の会、日本サハリン同胞交流協会、元事務局長・会長)
解説:中山大将(京都大学地域研究統合情報センター助教)
編 集:高田広告舎プラステン
発行日:2015年8月1日
発行者:NPO法人 日本サハリン協会
頒布価:1,200円
総頁数:219頁

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京都大学サマースクール2015 Q&A №6 「平和」

質問その6
「平和」の定義は何ですか?

回答その6
副題に「平和」を入れておきながら、定義づけもなく不用意でした。

「平和」をめぐっては様々な定義づけがなされて来ましたが、ここではそれらの検討はせず、まずは模擬授業に即して私なりの考えを示しておこうと思います。

私は「平和」を以下の4条件を満たした状態と考えてこの言葉を使っています。

(1)国家間で交戦状態にないこと。
(2)武力行使による国家主権の侵害が起きていないこと。
(3)法的秩序が維持されていること。
(4)住民の人権が組織的な行為による継続的な侵害を受けていないこと。

(1)(2)は「戦争・戦闘状態」にないという意味での「平和」、(3)は社会的混乱状態にないという意味での「平和」、(4)は目指すべきものとしての「平和」と言えるかと思います。

また、(1)(2)は国家を主語にした「平和」、(3)(4)は人々を主語にした「平和」とも言い換えることができるかもしれません。仮に(1)(2)のみから「平和」を定義とするならば、ある国家の政府あるいは国内の武装集団が住民への虐殺行為を展開していても国境を越えた武力行使がなされていなければ「平和」となってしまいますから、住民の視点を入れれば(3)(4)も「平和」の条件に加えられるべきかと思います。

模擬授業でもお話しした1905年の日本軍によるサハリン侵攻は、日露開戦によってすでに(1)を満たしていない状態で行われた行為であり、1945年のソ連軍による樺太侵攻は、(2)を満たさない状態を作り出したと言えます。また、これらの行為に伴って、一時的に(3)が満たされない状況が発生しましたし、戦闘行為による民間人への被害は(4)を満たさなくします。

「平和」の線引きの難しさは(4)にあるかと思います。 非暴力的なデモに対して国家が軍隊を動員して死者まで出して鎮圧する状態を「平和」と呼ぶべきではないでしょうが、移動を制限された被占領者にとって、たとえ武力行使が起きておらず法的秩序が整っていても、それを「平和」と呼ぶべきかは、私にとっても今後の検討が必要な課題です。

ただし、拡大解釈をして定義を曖昧にしては結論も曖昧になってしまいます。

私自身は今のところは自分の研究の中ではあまり「平和」という用語は用いておりません。むしろ、「戦時」「平時」という区分を用いております。「戦時」は(1)(2)が満たされていない状況ですので、より明晰で使いやすい用語です。

「研究における定義とはそんなにあやふやなものなのか」と思う人もいるかもしれませんが、国際関係論や平和研究を長年研究なさって来られた吉川元先生がこの8月に出版されたばかりの最新の研究書で「本書の目的は、「国際平和とは何か」という難問に挑戦することにある」(吉川、2005、20頁)と述べているように、「平和」の定義を模索し再検討していくことも「平和を科学する」ことの重要な課題のひとつであると言えます。

憲法学者の小林節先生は憲法審査会で「改正手続きが存在すること自体が憲法保障である」と仰っています。これは、憲法は改正できるからこそ正統性が生まれるということです。科学も同様で、常に再検証され修正されていくからこそ「科学」であり得ると言えるかと思います。一方、「宗教」は聖典を改正したり修正したりすることは許されません。「宗教」において聖典に対して許されるのは「解釈」だけです。

「平和を科学する」ためには、熱狂を以って戦勝を祝うのではなく静粛を以って犠牲者を悼む良心と、「大きな声」に流されず自分の頭で考える理性、そして価値観の多様性を前提にしてみんなで議論する自由が必要かと思います。

それは科学一般にも共通するはずです。19世紀では科学には「理性」のみが必要だと考えられてきましたが、20世紀を経て21世紀には「理性」だけではなく、「良心」や「自由」も必要であると考えられるようになったと言えるかと思います。

<紹介文献・資料>
吉川元、2015、『国際平和とは何かー人間の安全を脅かす平和秩序の逆説』中央公論新社。
小林節参考人発言、衆議院憲法審査会、2015年6月4日(衆議院インターネット中継)。

サハリン残留日本人の歴史

先日、NPO日本サハリン協会が『樺太(サハリン)の残照―戦後70年近藤タカちゃんの覚書』を刊行しました。ポスト冷戦期のサハリン残留日本人帰国運動の中心的人物であった3名による座談会の記録です。

数回に及ぶ座談会を書き起こしており、話題は、帰国運動だけではなく戦前戦中の樺太や戦後サハリンの生活にもおよび、旧樺太住民でもあるお三方の経験が生き生きと語られております。

また、1945年以前に樺太から退島した方、戦後に引揚げた方、残留した方という立場の違う三人が樺太・サハリンをめぐって語り合うという珍しい座談会でもあると思います。

私も最後に「解説」として文章を寄稿させていただきました。
サハリン残留日本人の歴史を時系列かつ読みやすいようにまとめさせていただきました。

以前から、学術論文以外の形でサハリン残留日本人について一般向けに文章を書いてみたいと思っていたので、貴重な機会を与えていただき感謝しております。

サハリン残留日本人について知りたいという人がまず読むのに適切な本かと思います。

ただ、書店取り扱いはしておりませんので、ご所望の方は下記までご連絡なさってください。
小さな事務所ですので、ご連絡はなるべくFAXでしていただきたいとのことです。

日本サハリン協会 TEL 03-5453-2931   FAX 03-5453-2936

書誌情報等は以下の通りです。

書 名:『樺太(サハリン)の残照―戦後70年近藤タカちゃんの覚書』
企 画:NPO法人 日本サハリン協会
座談会:
近藤孝子(サハリン日本人会(北海道人会)、元会長・副会長)
笹原茂(樺太同胞一時帰国促進の会、日本サハリン同胞交流協会、元副会長)
小川岟一(樺太同胞一時帰国促進の会、日本サハリン同胞交流協会、元事務局長・会長)
編 集:高田広告舎プラステン
発行日:2015年8月1日
発行者:NPO法人 日本サハリン協会
頒布価:1,200円
総頁数:219頁

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「解説 サハリン残留日本人の歴史」
NPO法人日本サハリン協会『樺太(サハリン)の残照―戦後70年近藤タカちゃんの覚書』NPO法人日本サハリン協会、2015年8月1日、209-217頁。
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京都大学サマースクール2015 Q&A №5 「資料」

8月20日に行われた高校生向けサマースクール2015の私の模擬授業「国境が変わると何が変わるのか―平和を科学する」での質問ついてここで改めて回答しておこうと思います。質問文は要約してあります。回答していく順番に特に意味はありません。「境界」「平和」などのテーマについては、またおいおい回答していくので、少々お待ちください

質問その5
安保法案に関する分析のための資料はどんなものがありますか?
賛成、反対の理由までは分析できないのですか?

回答その5
今回の模擬授業では「安保法案に対して研究者は専門分野間で評価に差があるのか?」ということを数量的に分析してお見せしました。

まず述べておきたいのは、あの分析結果それ自体が重要なわけではなく、マスコミやネットから流れてくる情報をそのまま鵜呑みにするのではなく自分なりに検討してみると意外な事実が見えてくるということが私が言いたかったことだということです。

今回の分析で用いた資料は、配布資料の6頁<Web資料>の1番目と2番目のサイト、それと文部科学省のサイトから取得したデータ(これは日本国内における大学教員の職位別人数を調べるために利用しました)で、誰でもアクセスできるものです。

お見せした分析は「反対を表明しているか」あるいはそれ以外か、という二値的(0か1か)な量的データ分析でした。反対(あるいは賛成)の理由までを含んだデータは私の用いた資料からでは得られません。

安保法案をめぐる詳細な議論は質的データに類するもので、こうしたデータは、研究者への取材記事、以前挙げたネット上の記者会見、国会の憲法審査会、そして研究者自身の論文、著作、Blog等から得ることができます。

今回の模擬授業では踏み込みませんでしたが、同じ「反対」側の研究者同士でもその理由や根拠は様々であることが、そうした質的データの分析からは理解できるかと思います。

先ほども述べたとおり、今回はあくまで「自分の頭と力でマスコミやネットの情報を検討することができる」ということを示すために、あの分析を例として紹介しました。関心のある方は、自分でもいろいろと調べて試してみるといいかと思います。重要なことは「自分の頭で考える」ことです。

その意味では、どうすれば自分の欲しいデータあるいはその代替となるデータが得られるのかを一生懸命考えることも重要な知的トレーニングになります。

みなさんが投票権を得るまでの間にすべきことは、自分が信じるべき政治集団や有名人、新聞社、テレビ局、サイト、ネット上のコミュニィを探し出すことではなく、危機感を煽ったり感情に訴えるような「大きな声」の人々に流されることなく、冷静に自分の手足で情報を集め理性的に自分の頭で考える批判的精神を持つことだと思います。

今回挙げた例を通じて、みなさんがそれを実感してくださると幸いです。