Archive for 2015年8月

The World Congress for Korean Politics and Society 2015

今夏2度目の韓国で、国際学会報告をして参りました。
セッションを組んだ韓国の先生の一部が、国連関連のご用事などでご欠席となり大変残念でした。フルメンバーであれば、極めて意義深いセッションになったはずだったのですが。

ですが参加メンバーだけでも意義深い議論ができました。
用意された部屋も小さな部屋で、むしろ参加者間の距離も縮まり国際的勉強会の場を設けていただけたかのようで、こうした国際学会も有意義だなと思いました。

6月に参加したAsian Studies Conference Japanではヨーロッパ系の参加者が多く、日本人などアジア系参加者は少数であった印象でしたが、今回はヨーロッパ系の参加者が少数で、韓国系の方が多数であったほか、東南アジアや南アジアからの参加者の方も散見された印象でした。

自分自身は韓国社会研究者でも朝鮮民族研究者でもないので、各セッションでの様々な議論は勉強になりました。会場係の学生さんと思しきみなさんも親切丁寧で礼儀正しく感心しました。

みなさまありがとうございました。

ソウルでは短い時間ではあるものの大韓民国歴史博物館にも寄りました。思いのほか植民地期の展示はあっさりしていて、朝鮮戦争と民主化の比重が大きかったように思います。自分も研究の関心からどうしても植民地期に関心が集中してしまうのですが、歴史認識問題や現代韓国を考える上での朝鮮戦争と民主化に代表される戦後史の重要性を再認識しました。

戦後日本は「平和ボケ」などと揶揄されますが、「自由ボケ」とも言えるかもしれないと思った次第です。日本は戦後のアジアの中では最も平和と自由を享受できた国のひとつであり、それが当たり前のことではないということ、そして各国・各地域の戦後史を知ることの重要性を考えさせられました。

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“Between Koreans and Japanese in Sakhalin Island, a Borderland of East Asia,”
The World Congress for Korean Politics and Society 2015, Session1-6 ‘For Whom the Bell Tolls?’: Migration, Diaspora and Border Crossing Phenomena in East Asia, Chair: Naomi CHI, Hokkaido Univ, August 25, 2015, Hotel Hyundai, Gyeongju, Republic of Korea.
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京都大学サマースクール2015 Q&A №4 「農学部」

8月20日に行われた高校生向けサマースクール2015の私の模擬授業「国境が変わると何が変わるのか―平和を科学する」での質問ついてここで改めて回答しておこうと思います。質問文は要約してあります。回答していく順番に特に意味はありません。「境界」「平和」などのテーマについては、またおいおい回答していくので、少々お待ちください

質問その4
農学部で学んだことは今の研究に活かされていますか?

回答その4
結論から言うと活かされています。また、遠回りをしたとも思っておりません。

まず、「理系」学部であるため教養科目として自然科学系の講義を多く受けました。たとえば、確率論や量子力学、分子生物学など基礎的な内容ではありましたがこうした科目を受けることで、自然科学的な世界観を少なからず培えたと思っています。

また、農業経済学を専攻していたので、専門科目として経済学の勉強もしました。その結果、数理的モデルで物事を考える視点も育めたと思います。(念のため述べておくと、経済学では数学的理解力が要求されるので、経済学部を単純に「文系」学部と考えることはおすすめしません)

「京大農経」(食料・環境経済学科)は、経済学だけではなく、政策学、経営学、会計学、社会学、文化人類学、歴史学など様々な分野の研究者や大学院生が在籍しておりました(今もそのはずです)。ですので、様々な学問分野と身近に接することができましたし、フィールドが日本国内だけではなく世界中に広がっており、世界への距離感も近くなったかと思います。

それから、農業や林業の現場見学も多く行いました。時代が違えば現場の様子も違うとは言え、畑や山を現場の方と一緒に歩いた経験は、自分の読む農業関係の歴史資料にいくばくかの臨場感を与えてくれました。

以上のように、農学部での4年間は確実に今の私の研究生活や世界観に大きな影響を与えたと言えます。

京都大学サマースクール2015 Q&A №3「国益」

8月20日に行われた高校生向けサマースクール2015の私の模擬授業「国境が変わると何が変わるのか―平和を科学する」での質問ついてここで改めて回答しておこうと思います。質問文は要約してあります。回答していく順番に特に意味はありません。「境界」「平和」などのテーマについては、またおいおい回答していくので、少々お待ちください。

質問その3
“脱国益”思考では日本は損をするだけではないでしょうか?
日本人は日本の国益を考えるべきではないでしょうか?
地元の利益だけではなく、まずは国全体の利益を考えるべきではないでしょうか?

回答その3
あえて“脱国益”と述べたのは、「国益」という言葉が出る場合しばしば短期的で原則論的な視野であったり、時にはそれが意味するものが不明確である場合が多いからです。

たとえば、自国の主張する国境が1mmでも後退することが「国益」を損なうと考えるために国境画定交渉がまとまらず、何十年も国境未確定な地域があったとしましょう。そして、そこでは国境が未確定であるが故に立ち入りが制限され経済活動(たとえば漁業や観光業など)が充分に行われていないとしましょう。

ですが、もしかしたら、国境画定を両国とも保留して、ともにその地域で経済活動ができるように協定を結び、毎年100億円の経済的利益を両国が得るという選択肢もあったかもしれません。

そうだとすると、「国益」にこだわるばかりに、累積で数千億円の損失をしていたことになります。もちろん、最初から自国の主張通りに国境が決まっていれば、その地域の経済的利益を独占できたことでしょう。しかし、それは相手国も同じです。両国が利益の独占を望む限り、交渉はまとまりません。

双方が「国益」にこだわり利益の独占を望むばかりに、双方とも損失を負い続けるのです。自国の国益最大化ではなく、関係者間の利益最大化から出発する方が問題解決の近道かもしれない、その意味での“脱国益”思考なのです。

これは数学モデルでイメージすると分かりやすいかもしれません。ある関数の最大値と、その他の関数を合わせた合成関数の最大値が同じとは限りませんし、その時の変数の値もまた同じとは限りません。そして、世界は様々な関数からなる巨大な合成関数です。だとすれば、一国の「国益関数」だけで物事を考えていても最適な答えにはたどり着けないことが理解できるかと思います。現実的に選択し得る変数の域はそれほど広くはないのです。

もちろん、国際社会は善意や良心に頼り切れるほど甘いものではありません。安易で一方的な妥協や譲歩はむしろ禍根を残すことになります。また、不当な要求に対しては、国際社会を味方につけて断固として抵抗するべきでしょう。

事実、日本の周りには武力行使によって国内外問題を解決しようとしてきた国々が少なくありません。だからこそ、自国内でしか通用しない国益論を繰り返すばかりでは、境界問題の解決や発生防止は難しいと言えるでしょう。それは他の国際問題にも通じるのではないかと思います。

こと境界問題については、現在の国境も境界も近代以降の戦争を含む外交交渉の結果として現在の状態になっているに過ぎないという認識を持つべきかと思います。

また、境界研究が指摘するのは、境界から離れた中央の人間ほど、頭が硬いということです。地元の人々が望む利益はある程度具体的です。魚を獲れるようにして欲しいとか、貿易をそこで許して欲しいとかの要望を持っています。それらが最大優先事項であり、国境画定や領有権問題が必ずしも最終的目標ではないのです。

一方、中央の人々は、「よくわからないけど、領土が減ることはとにかくよくないことだ。国益を損ねるはずだ。」と思ってしまいます。中央の思考がますます問題の解決を遠ざけ、実質的には日々自国の利益を損ねているのです。

もちろん、すべての決定権を地元に委ねるべきではないでしょう。境界地域は、国防など国家全体に関わる問題も含んでいるからです。だとしても、これまであまりにも地元の利益や意見というものが「国益」の名の下に軽視されて来てしまったのではないかと問い直すことは無意味ではないでしょう。

こうした議論に関心のある方のために、模擬授業でもふれた岩下明裕先生のご著作を末尾で紹介いたしますので、目を通してみてください。一般向けに書かれているものですので淀みなく読み進みできるかと思いますし、日本の周りで実際に起きていることについて書かれておりますので、読後には学ぶことで世界の観え方が変わるということを実感できるのではないかと思います。

最後に岩下先生のご著作から一節を引用しておきたいと思います。

「希望」に基づいて、これが本来の姿だとして夢想するのは自由だが、足元をひとつひとつ固めて前へ進む、堅実なアプローチをとる時期に来ていると思う。すべての近隣諸国との関係に問題を抱えながら、それを解決しようとする努力もせずに、国の未来を語ることは到底できまい。(岩下、2013、218頁)

〈紹介文献〉
岩下明裕、2013、『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』朝日新聞社。
岩下明裕編著、2014、『領土という病―国境ナショナリズムへの処方箋』北海道大学出版会。

京都大学サマースクール2015 Q&A №2「故郷」

8月20日に行われた高校生向けサマースクール2015の私の模擬授業「国境が変わると何が変わるのか―平和を科学する」での質問ついてここで改めて回答しておこうと思います。質問文は要約してあります。回答していく順番に特に意味はありません。「境界」「国益」「平和」などのテーマについては、またおいおい回答していくので、少々お待ちください。

質問その2
「故郷」の定義は何ですか?
「故郷」は主観的なものなので、科学的分析にはなじまないのではないですか?

回答その2
まず、主観的なものを科学的に分析できるのかということについて考えてみましょう。

結論から言うと、主観的なものでも、客観的にとらえられるようにすれば科学的分析が可能になります。

主観的なものの例として、「アイデンティティ」を挙げることができます。たとえば、「あなたは自分を何人だと思いますか?」というアンケートをとれば、「“日本人”と回答した人がx人中a人、“アジア人”と答えた人はx人中b人…」という結果が得られ、それはアイデンティティに関する客観的データとなります。こうした容易に数字で表現できるデータを「量的データ」と言います。

また、ひとりひとり時間をかけて同様の質問をしてお話を聞く「インタビュー調査」を行うと、「こういう時は自分を日本人と思うけど、こういう時は自分をアジア人と思うし、自分にとってアジア人とはこれこれこういう人のことだ…」などの回答が得られ、より詳しく複雑なデータが得られるかもしれません。こうした簡単には数値化できないデータを「質的データ」と呼びます。

「でも、他の人が尋ねたら別の答えをするかもしれないじゃないか」という疑問も出てくるかもしれません。たとえば、親の一方が日本人、もう一方が韓国人という人は、日本人から尋ねられれば「自分を日本人だと思う」と答え、韓国人から尋ねられれば「自分を韓国人だと思う」と答えるかもしれません。

しかし、これも重要な分析の対象となる現象なのです。「なぜ、同じ人に同じ質問をしても尋ねる人によって回答が変わるのか」という問いかけ自体が、社会学や文化人類学にとっては重要な研究テーマとなり得ます。

さて、本題となる「故郷」に話を移しましょう。

そもそも私が旧樺太住民(引揚者と残留者)の「故郷」の問題について関心を持つようになったのは、インタビュー調査を通してでした。残留者の方々のお話をうかがう内に、「この方々は戦前と戦後で同じ空間に暮らしているけれど、その社会はまったく異なっている」ということに気付くようになりました。

そこで、私は「故郷」という語を「生まれ育ったあるいは人生の多くの時間を過ごした地理的空間性を持つ社会環境」のように考え、自分の集めたデータを再検討しました。なお、ここでは「故郷」が複数存在することを許容しております。

その結果、残留者の多くの人々が戦前と戦後の社会環境をまったく違うものと認識していることが改めてわかりました。もちろん、私は残留者全員にインタビューをする「悉皆調査」をしたわけではありません。ですが、数十人にインタビューする「標本(サンプル)調査」によっても一般化は可能です。そして、そこから「故郷喪失」という言葉を導き出しました。

必ずしも私が調査をした全員が直接的に「樺太を故郷と思う」とか「私は故郷を喪失した」とか自ら表現したわけではありません。しかし、こうしたアプローチから「家族親族との別離以外にもこれらの人々は何か悲しい物を背負っている。それは何だろう?」ということを考えることが可能となります。そして、境界変動が人々に何をもたらすのかを分析することができるようになります。

「科学」という語はどうしても、自然科学的なものを想像してしまいますが、人文社会科学には人文社会科学なりの方法論があります。ただし、「客観的なデータから合理的な結論を導く」という点では共通しております。また、ガリレオ・ガリレイの「測れるものは測るべきだ。測れないものは測れるようにするべきだ。」、アイザック・ニュートンの「観察や実験の道具を誰かが発明するのを待っていては何も発見できない。」という精神は、人文社会科学にも共通していると言えるでしょう。

データの客観性の検証は研究に限らず、合理的な思考をするためには欠かせない行為です。こうした質問が参加者のみなさんから出たことに驚くと同時に、うれしく思います。

京都大学サマースクール2015 Q&A №1「民主主義」

8月20日に行われた高校生向けサマースクール2015の私の模擬授業「国境が変わると何が変わるのか―平和を科学する」での質問や講義後の質問、回収した質問票に書かれていた質問についてここで改めて回答しておこうと思います。質問文は要約してあります。回答していく順番に特に意味はありません。「故郷」「境界」「国益」「平和」などのテーマについては、またおいおい回答していくので、少々お待ちください。

質問その1
政治に“熱意”のある人ほどより多くの投票権を与えられてもいいのではないでしょうか?

回答その1
政治権力をどのように配分するべきかは政治学の根幹となるテーマです。

古代ギリシアの哲学者であるプラントも『国家』の中でこのテーマについて論じております。私自身は政治学を専門とする者ではありませんが、私の模擬授業から出たご質問なので、私なりに簡潔にお答えしておこうと思います。

まず、現在の日本は議会制民主主義体制の国家であり、模擬授業でも出てきた冷戦時のアメリカ側陣営の主な国々もこの体制を採っておりました。

議会制民主主義とは簡潔に言えば、国民から代表を選び、その代表が「議会」に集まり国家の重要事を決定するという仕組みです。その代表を選ぶ手続きが「選挙」であり、選挙に参加して投票する権利が「投票権」です。議会制民主主義を採る国は、基本的には「一人一票」を原則にしております。

なぜ、質問のように「政治に“熱意”のある人」により多くの投票権を与えないのでしょうか。

それは、「誰がどうやって“熱意”を計測して認定するのか」という問題を解決することが困難だからです。そもそも“熱意”だけが基準になっていいのか、“知識”や“経歴”も基準にするべきではないか、という問題も起きます。

「それならば、ひとりずつ平等に一票ずつ配って、‟代表にふさわしい人”を選ぶようにすればこうした問題を避けることができる」というのが議会制民主主義の考え方と言えるでしょう。また、だからこそ「一票の格差」が大きな問題になるのです。

ところで、先述のプラトンの『国家』の中では、民主制自体が否定的に評価されております。その理由は簡潔に言えば、「民主制では“すぐれた人”が選ばれるとは限らないから」というものです。

近代国家の中でこの問題を解決しようとして現れたのが、「民主集中制」です。

簡潔に言えば、一部の政治集団に永久に権力を集中させ独占させるシステムと言えます。
冷戦期にアメリカとは反対側陣営の国々、つまりは社会主義国家にこういう体制の国家が多く見られます。

権力を独占している政治集団は、「自分たちは人民を代表するすぐれた人間である」と主張します。質問に沿って言い換えると、「自分たちは政治へ“熱意”にあふれている。だから、権力を独占して当然だ。」という主張です。

しかし、この政治集団が権力を独占しているのは、革命などによって暴力的に他の政治集団を排除し、権力を独占したからです。多くの場合、選挙は行わず、行っても極めて形式的(この政治集団の人間しか立候補できないなど)であり、また言論の自由も抑制します。この政治集団のものとは異なるあらゆる政治的主張は劣ったものであり、この政治家集団以外に政治に“熱意”を持つ人々は危険分子であるとこの政治集団が判断するからです。

その結果、こうした国家ではしばしば「粛清」と呼ばれるような現象が起き、現政権と異なる政治的立場の人々(民主集中制自体を批判していない人々も含めて)が長期間刑務所に入れられ自由を奪われたり、あるいは生命を奪われたりします。模擬授業でもその一例を示しました。

すでに述べたとおり、議会制民主主義は必ずしも「最高」の政治体制とは言えないかもしれませんし、解決すべき多くの問題が残されていたり、あるいは新たに発生したりもしています。その意味でも、「政治権力をどのように配分するべきか」という政治学のテーマは絶えず探求され続けるべきかと思います。

ところで、模擬授業でもふれた安保法案に関連して国会に呼ばれた早稲田大学の長谷部恭男先生は、近代民主主義(正確には近代立憲主義)について12分程度でわかりやすくまとめてお話されておられますので、関心のある方はぜひご覧になってみてください。(「衆議院インターネット審議中継」で検索して、同名サイトに入り、カレンダーから2015年6月4日を選択し、それから「憲法審査会」を選択してください。動画を見ることができます。)

この審査会に呼ばれた参考人は3人とも安保法案を違憲と判断している先生方ですので、合憲としている憲法学者の意見を知りたい方は、「日本記者クラブ」のサイトの「会見カレンダー」から、2015年6月19日の西修、百地章両先生の会見動画(You Tube)をご覧になってみてください。賛成・反対双方の意見を比べてみるという習慣をぜひつけてください。

それと、上述のプラトン『国家』は岩波文庫として出版されているので、学校や地域の図書館にも収蔵されているかもしれません。専門用語などは出てこず対話形式で話が進むので、高校生でも読みやすいと思います。政治学や哲学に関心のある方はぜひ読んでみてください。

京都大学サマースクール2015 大充実御礼

京大サマースクールに参加してくださったみなさまは無事にお家にお帰りになられたでしょうか。
遠距離を日帰りでの参加の方もいたそうで、お疲れ様でした。

みなさまの集まりが早かったので、その分早く模擬授業を開始することができ、余裕をもって授業に臨めました。

手を挙げて質問してくださったみなさまもありがとうございました。
実は、みなさまの質問が想像以上にレベルが高く、少々驚いてしまいきちんとした回答ができていなかったかもしれず、申し訳ありませんでした。

録画ビデオを見直して質問内容を再確認して後日このBlogで、回答をし直して行きたいと思います。質問票や解散後に直接話しかけてきてくださった方の質問についても、同様に徐々にこのBlogで回答をしていきたいと思います。

なお、録画ビデオについては今後の研究・教育のために利用しますが、一般公開はいたしません。ただし、サマースクールの風景として数秒程度の映像や静止画などを広報の際に使うこともあるかもしれませんが、その場合も顔や声、個人名などは出ないようにしますのでご安心ください。

本日は充実した模擬授業にご協力いただきありがとうございました。
連携校の教職員のみなさまや各府県教育委員会のみなさま、本学関係部署のみなさまにも心よりお礼を申し上げます。

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「国境が変わると何が変わるのか―平和を科学する」
京都大学サマースクール2015模擬授業、京都大学吉田キャンパス、2015年8月20日
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補記:中国からは私のBlogは閲覧できない」と言っておりましたが、研究室に戻って確認したところ、模擬授業の間に中国からの初アクセスがありました。中国の「すべての」パソコンからアクセスできるかは別にして、中国から「誰か」が私のBlogを見たことは事実のようです。
後日記:模擬授業の質疑応答については、本Blogで順次公開していきます。今のところ、下記のものが公開済みです。

質問その1 (2015年8月21日)
政治に“熱意”のある人ほどより多くの投票権を与えられてもいいのではないでしょうか?

質問その2 (2015年8月22日)
「故郷」の定義は何ですか?
「故郷」は主観的なものなので、科学的分析にはなじまないのではないですか?

質問その3(2015年8月23日)
“脱国益”思考では日本は損をするだけではないでしょうか? ほか

質問その4(2015年8月25日)
農学部で学んだことは今の研究に活かされていますか?

質問その5(2015年9月1日)
安保法案に関する分析のための資料はどんなものがありますか? ほか

質問その6(2015年9月8日)
「平和」の定義は何ですか?

人間の痛みを想う歴史学 戦後70年8月のソウル

韓国ソウル大学で8月11日から14日にかけて開催された東アジア若手歴史家セミナーに参加し、極めて充実した4日間を過ごしました。

企画運営してくださった日韓中の世話人のみなさま、参加者のみなさま、予稿集のため尽力してくださった翻訳者のみなさま、複雑な議論に苦心されたであろう通訳者のみなさまには心よりお礼を申し上げます。

また、会場係をしてくれた学生さんから運転手さんまで、開催校ソウル大のみなさまは礼儀正しく、親切で大変感動いたしました。お礼申し上げます。

せっかくの場ですので、これまでの自分の研究の蓄積から得られた自分なりの新しい歴史観についても言及しました。どんな反論、反発、批難が来るだろうかと緊張しておりましたが、適確な質問への応答を通して、はっきりと自身の歴史観を表明できたことと、それをめぐった議論を行えたことは大きな成果でした。

世話人の先生のおひとりが基調講演で、「他者の傷への想像力」こそが歴史学の役割のひとつということをおっしゃったのですが、私もまったくもって同感です。

私の報告に対して出た質問のひとつに、「朝鮮人はサハリンに残留させられたから悲劇だが、日本人引揚者は“祖国”へ帰れたのだから悲劇ではないではないか」というものがありました。

これこそが、「民族の痛みの想像は易く、個人の痛みの想像は難い」ことを示すよい例かと思います。確かに引揚者は“祖国”へと帰還しましたが、親の世代は樺太で築いた財産や社会関係を失い、子の世代は生まれ育った故郷から放逐されたのです。

我々歴史学者が明らかにすべきは、「民族の痛み」ではなく「人間の痛み」であると思います。
我々の歴史は、「国家」でも「民族」でもなく、ただ「人間」のために書かれるべきです。
「歴史」が政治の道具に堕さないためには、そうした新たな歴史観が必要だと思います。
それこそが我々の世代の歴史学者の仕事ではないかと改めて思えた4日間でした。

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「旧樺太住民の複数の戦後」
 第3回東アジア若手歴史家セミナー(主催:ソウル大学校日本研究所、ソウル大学校東洋史学科、復旦大学歴史系、早稲田大学朝鮮文化研究所、後援:韓国際交流財団、ソウル大学校奎章閣韓国学研究院、国際交流基金)、ソウル大学校日本研究所、2015年8月13日。
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