先月、サハリン残留日本人の一時・永住帰国実現のために四半世紀にわたり多大な貢献をなさってきた小川岟一氏が逝去されました。

小川氏をめぐってはその活動が長きにわたりかつ様々な人々を巻き込んできたため、誤解も含め様々な評価が存在していることは存じ上げておりますが、多くの仲間と協力して実現したその行動と結果はやはり「市民による戦後処理」と呼ぶに値するものかと思います。

私がはじめて日本サハリン同胞交流協会を訪問し小川氏と面会したのは2011年でした。当時私はまだ博士号をとったばかりの研究員でしたが、それ以来、協会の活動に対してはほとんど貢献できない少壮の研究者である私に対しても惜しみなく資料の提供や聞き取り調査などに協力し続けてくださりました。

2015年にまとめられた鼎談『サハリンの残照』(詳しくはこちら)に解説としてサハリン残留日本人の歴史について簡潔に書いてほしいとのご依頼を受け、拙文を提供させていただきました。電話でも、またその後にお会いした時にも「ありがとう、ありがとう」と言ってくださり、ようやく少しだけご恩返しができたように思えました。いま思えば、小川氏やそのほかのお仲間とで編まれた本に自分が加われたことは研究者として大変な光栄です。

私自身の研究もようやく運動史の整理を進めているところでしたので、運動についての詳細についてもっとお話をうかがいたいとも思っておりました。また、新聞社勤務時代は労働運動にも深くかかわっておいでだったので、その時代の話については私も関心があり、ご本人もいずれ詳しく話したいとおっしゃっていたのに、その機会が得られなかったのが残念、というよりもその準備を自分が進めることができなかったことが悔やまれます。

手段や理念を目的化することなく、結果を最重要視し、動けるものが動き、動かせるものを動かし、動けるように動くという姿勢が百難千苦を乗り越えてこれだけの成果をもたらしたのではないかと思います。

ご冥福を祈るとともに改めて感謝の意を表したいと思います。

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