8月20日に行われた高校生向けサマースクール2015の私の模擬授業「国境が変わると何が変わるのか―平和を科学する」での質問ついてここで改めて回答しておこうと思います。質問文は要約してあります。回答していく順番に特に意味はありません。「境界」「平和」などのテーマについては、またおいおい回答していくので、少々お待ちください。

質問その3
“脱国益”思考では日本は損をするだけではないでしょうか?
日本人は日本の国益を考えるべきではないでしょうか?
地元の利益だけではなく、まずは国全体の利益を考えるべきではないでしょうか?

回答その3
あえて“脱国益”と述べたのは、「国益」という言葉が出る場合しばしば短期的で原則論的な視野であったり、時にはそれが意味するものが不明確である場合が多いからです。

たとえば、自国の主張する国境が1mmでも後退することが「国益」を損なうと考えるために国境画定交渉がまとまらず、何十年も国境未確定な地域があったとしましょう。そして、そこでは国境が未確定であるが故に立ち入りが制限され経済活動(たとえば漁業や観光業など)が充分に行われていないとしましょう。

ですが、もしかしたら、国境画定を両国とも保留して、ともにその地域で経済活動ができるように協定を結び、毎年100億円の経済的利益を両国が得るという選択肢もあったかもしれません。

そうだとすると、「国益」にこだわるばかりに、累積で数千億円の損失をしていたことになります。もちろん、最初から自国の主張通りに国境が決まっていれば、その地域の経済的利益を独占できたことでしょう。しかし、それは相手国も同じです。両国が利益の独占を望む限り、交渉はまとまりません。

双方が「国益」にこだわり利益の独占を望むばかりに、双方とも損失を負い続けるのです。自国の国益最大化ではなく、関係者間の利益最大化から出発する方が問題解決の近道かもしれない、その意味での“脱国益”思考なのです。

これは数学モデルでイメージすると分かりやすいかもしれません。ある関数の最大値と、その他の関数を合わせた合成関数の最大値が同じとは限りませんし、その時の変数の値もまた同じとは限りません。そして、世界は様々な関数からなる巨大な合成関数です。だとすれば、一国の「国益関数」だけで物事を考えていても最適な答えにはたどり着けないことが理解できるかと思います。現実的に選択し得る変数の域はそれほど広くはないのです。

もちろん、国際社会は善意や良心に頼り切れるほど甘いものではありません。安易で一方的な妥協や譲歩はむしろ禍根を残すことになります。また、不当な要求に対しては、国際社会を味方につけて断固として抵抗するべきでしょう。

事実、日本の周りには武力行使によって国内外問題を解決しようとしてきた国々が少なくありません。だからこそ、自国内でしか通用しない国益論を繰り返すばかりでは、境界問題の解決や発生防止は難しいと言えるでしょう。それは他の国際問題にも通じるのではないかと思います。

こと境界問題については、現在の国境も境界も近代以降の戦争を含む外交交渉の結果として現在の状態になっているに過ぎないという認識を持つべきかと思います。

また、境界研究が指摘するのは、境界から離れた中央の人間ほど、頭が硬いということです。地元の人々が望む利益はある程度具体的です。魚を獲れるようにして欲しいとか、貿易をそこで許して欲しいとかの要望を持っています。それらが最大優先事項であり、国境画定や領有権問題が必ずしも最終的目標ではないのです。

一方、中央の人々は、「よくわからないけど、領土が減ることはとにかくよくないことだ。国益を損ねるはずだ。」と思ってしまいます。中央の思考がますます問題の解決を遠ざけ、実質的には日々自国の利益を損ねているのです。

もちろん、すべての決定権を地元に委ねるべきではないでしょう。境界地域は、国防など国家全体に関わる問題も含んでいるからです。だとしても、これまであまりにも地元の利益や意見というものが「国益」の名の下に軽視されて来てしまったのではないかと問い直すことは無意味ではないでしょう。

こうした議論に関心のある方のために、模擬授業でもふれた岩下明裕先生のご著作を末尾で紹介いたしますので、目を通してみてください。一般向けに書かれているものですので淀みなく読み進みできるかと思いますし、日本の周りで実際に起きていることについて書かれておりますので、読後には学ぶことで世界の観え方が変わるということを実感できるのではないかと思います。

最後に岩下先生のご著作から一節を引用しておきたいと思います。

「希望」に基づいて、これが本来の姿だとして夢想するのは自由だが、足元をひとつひとつ固めて前へ進む、堅実なアプローチをとる時期に来ていると思う。すべての近隣諸国との関係に問題を抱えながら、それを解決しようとする努力もせずに、国の未来を語ることは到底できまい。(岩下、2013、218頁)

〈紹介文献〉
岩下明裕、2013、『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』朝日新聞社。
岩下明裕編著、2014、『領土という病―国境ナショナリズムへの処方箋』北海道大学出版会。

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