8月20日に行われた高校生向けサマースクール2015の私の模擬授業「国境が変わると何が変わるのか―平和を科学する」での質問や講義後の質問、回収した質問票に書かれていた質問についてここで改めて回答しておこうと思います。質問文は要約してあります。回答していく順番に特に意味はありません。「故郷」「境界」「国益」「平和」などのテーマについては、またおいおい回答していくので、少々お待ちください。

質問その1
政治に“熱意”のある人ほどより多くの投票権を与えられてもいいのではないでしょうか?

回答その1
政治権力をどのように配分するべきかは政治学の根幹となるテーマです。

古代ギリシアの哲学者であるプラントも『国家』の中でこのテーマについて論じております。私自身は政治学を専門とする者ではありませんが、私の模擬授業から出たご質問なので、私なりに簡潔にお答えしておこうと思います。

まず、現在の日本は議会制民主主義体制の国家であり、模擬授業でも出てきた冷戦時のアメリカ側陣営の主な国々もこの体制を採っておりました。

議会制民主主義とは簡潔に言えば、国民から代表を選び、その代表が「議会」に集まり国家の重要事を決定するという仕組みです。その代表を選ぶ手続きが「選挙」であり、選挙に参加して投票する権利が「投票権」です。議会制民主主義を採る国は、基本的には「一人一票」を原則にしております。

なぜ、質問のように「政治に“熱意”のある人」により多くの投票権を与えないのでしょうか。

それは、「誰がどうやって“熱意”を計測して認定するのか」という問題を解決することが困難だからです。そもそも“熱意”だけが基準になっていいのか、“知識”や“経歴”も基準にするべきではないか、という問題も起きます。

「それならば、ひとりずつ平等に一票ずつ配って、‟代表にふさわしい人”を選ぶようにすればこうした問題を避けることができる」というのが議会制民主主義の考え方と言えるでしょう。また、だからこそ「一票の格差」が大きな問題になるのです。

ところで、先述のプラトンの『国家』の中では、民主制自体が否定的に評価されております。その理由は簡潔に言えば、「民主制では“すぐれた人”が選ばれるとは限らないから」というものです。

近代国家の中でこの問題を解決しようとして現れたのが、「民主集中制」です。

簡潔に言えば、一部の政治集団に永久に権力を集中させ独占させるシステムと言えます。
冷戦期にアメリカとは反対側陣営の国々、つまりは社会主義国家にこういう体制の国家が多く見られます。

権力を独占している政治集団は、「自分たちは人民を代表するすぐれた人間である」と主張します。質問に沿って言い換えると、「自分たちは政治へ“熱意”にあふれている。だから、権力を独占して当然だ。」という主張です。

しかし、この政治集団が権力を独占しているのは、革命などによって暴力的に他の政治集団を排除し、権力を独占したからです。多くの場合、選挙は行わず、行っても極めて形式的(この政治集団の人間しか立候補できないなど)であり、また言論の自由も抑制します。この政治集団のものとは異なるあらゆる政治的主張は劣ったものであり、この政治家集団以外に政治に“熱意”を持つ人々は危険分子であるとこの政治集団が判断するからです。

その結果、こうした国家ではしばしば「粛清」と呼ばれるような現象が起き、現政権と異なる政治的立場の人々(民主集中制自体を批判していない人々も含めて)が長期間刑務所に入れられ自由を奪われたり、あるいは生命を奪われたりします。模擬授業でもその一例を示しました。

すでに述べたとおり、議会制民主主義は必ずしも「最高」の政治体制とは言えないかもしれませんし、解決すべき多くの問題が残されていたり、あるいは新たに発生したりもしています。その意味でも、「政治権力をどのように配分するべきか」という政治学のテーマは絶えず探求され続けるべきかと思います。

ところで、模擬授業でもふれた安保法案に関連して国会に呼ばれた早稲田大学の長谷部恭男先生は、近代民主主義(正確には近代立憲主義)について12分程度でわかりやすくまとめてお話されておられますので、関心のある方はぜひご覧になってみてください。(「衆議院インターネット審議中継」で検索して、同名サイトに入り、カレンダーから2015年6月4日を選択し、それから「憲法審査会」を選択してください。動画を見ることができます。)

この審査会に呼ばれた参考人は3人とも安保法案を違憲と判断している先生方ですので、合憲としている憲法学者の意見を知りたい方は、「日本記者クラブ」のサイトの「会見カレンダー」から、2015年6月19日の西修、百地章両先生の会見動画(You Tube)をご覧になってみてください。賛成・反対双方の意見を比べてみるという習慣をぜひつけてください。

それと、上述のプラトン『国家』は岩波文庫として出版されているので、学校や地域の図書館にも収蔵されているかもしれません。専門用語などは出てこず対話形式で話が進むので、高校生でも読みやすいと思います。政治学や哲学に関心のある方はぜひ読んでみてください。

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