アメリカのポートランドで開かれたAssociation for Border Studies で以下の報告を行ってまいりました。
戦後の日本国内での樺太の引揚げ・帰国促進運動と領土返還運動の関係性についての報告です。

ABSは北米中心のため、サハリンに関しての報告に関心を持ってもらえるのか不安でしたが、いろいろなコメントや質問をいただき勉強になっただけではなく、興味深い研究者とも知り合いになることができました。また、二度目の参加で少し学会にもなれ、「英語で発信することの意味」を深く考える機会となりました。

ポートランドの歴史博物館(Oregon Historical Society Museum)も見学しましたが、デンバーに続きここでも日系人に関する展示コーナーが一角を占めておりました。日系人のはあるのに、なぜ華僑や韓国人のものはないかの?と疑問に思ったのですが、いまさらながら気付かされたのは、エスニック・マイノリティの歴史として日系人の展示を設けているのではなく、アメリカ史の「汚点」として日系人に関する展示を設けているのだということでした。

アメリカ市民権を持っていた自国民を収容所へ押し込めた第二次大戦中の日系人収容所をアメリカ史の汚点として、反省を込めて展示していることに改めて感心しました。もちろん、いかに白人が社会の発展に貢献したのかという展示も多くありますが、その中でさえ労働組合の役割への評価も盛り込まれ、そしてアメリカ史の汚点としての、先住民族や日系人への抑圧、黒人への差別についても展示されております。

「発展」と「反省」というふたつの要素をうまく組み合わせた展示は見習うべきところも多いと感じました。

博物館見学の夜は、地元の有機農業レストランで食事をとりました。失礼ながら、アメリカでこんな繊細の味の野菜に出会えるとは…とすっかり圧倒されました。感動し通しのひとときでしたが、なにぶん量が多くデザートはオーダーさえあきらめ、腹が多少落ち着くのを待って、夜のポートランドを散歩してようやく苦しさから解放されました。味は想像以上でしたが、量も想像以上でした。

日本にいると、アメリカは人種差別社会というイメージがありますが、これまでの4回の訪米でそのような経験、印象はいまのところありません。むしろ、地元の流儀がわからず戸惑ったり、うまく発音が通じないと、丁寧に助けてくれて、やさしい社会という印象です。もちろん、私が出会った人や訪れた地域がたまたま洗練されていたのかもしれませんが。

今後はこれまで以上に、英語での発信戦略を練っていこうと思った訪米でした。

“Land or People?: The Organization of Japanese Repatriates from Sakhalin (Karafuto) and the Remaining Japanese and Koreans of Sakhalin,”
Panel 43 Transborder Challenges: Realities and Construction, Association for Borderlands Studies Annual Conference 2015 at Western Social Science Association 57th Annual Conference, Marriot Portland Downtown Waterfront, Portland, Oregon, USA, April 11th 2015.

広告