中山大将「台湾と樺太における日本帝国外地農業試験研究機関の比較研究」『日本台湾学会報』第20号、2018年。

本稿の目的は、日本帝国期の台湾と樺太における農業試験研究機関の比較を行ない、相違点や共通点を明らかにし、普遍性と特殊性を考えることである。

比較の第一点は、編成、人事および刊行物であった。台湾と樺太の相違点は、台湾には地方農業試験研究機関が各地に存在していたことであり、その背景として先住者人口が多く、主要な農業従事者かつ近代化の対象とみなされていたという台湾の初期条件が挙げられる。

比較の第二点の先住者との関係性や在来農法への評価について見ると、公的な産業試験研究機関に勤務する先住者は、樺太では皆無であった一方で、台湾では雇員、助手は100名近くが、技手は数名が存在した。この背景には、農業試験研究機関による教育訓練があり、第一点で言及した地方農業試験研究機関の存在が深く関わっている。また、在来農法や在来品種に対して、高い評価を与えていなかった点では双方とも共通しているものの、台湾では、ある種の相対的評価であり外来種との交配を含めた品種改良やそれに適合した農法の開発普及によってよりよく改善されるはずだと評価された一方で、樺太では農法や品種の移植を前提とし在来種の積極的利用は初期を除いてはほとんど顧みられなかったことを明らかにした。

比較の第三点は、研究の内容と方向性である。台湾では部門間での分業体制が機能していたが、総合性という面を欠き個別の品種の改良と普及に傾注していたのに対して、樺太の場合は産業間連携のみならず文化改造まで視野に入れた農業技術者が指導的立場におり、そうした試験項目が実施されていたことを明らかにした。

比較の第四点である技術思想については、同じ札幌農学校系農業技術者であり外地の農業試験研究機関で主導的立場を担う技師を比較すると、台湾では〈内地化〉志向、樺太では〈非内地化〉志向が読み取ることができ、内地人農業技術者に対して従来指摘されてきた「技術至上主義」や内地米への固執がいかなる状況でも貫徹されるものではないことを樺太の事例から反証した。

両地域の農業試験研究機関には合理主義、近代化志向、技術ナショナリズムという普遍性が見られ、具体的活動に見られる相違は農業技術者個人の個性からではなく両地域の自然環境的差異や初期条件、政策的要請の差異など各地域の特殊性から生じていた。また、農業技術者側の提供する技術と住民の願望との間に齟齬があり、その齟齬は合理性や近代化志向の差に起因していたと言える。しかしながら、住民が農業試験研究機関の活動の全面的受容を強いられたわけでもなければ、全面的に拒否していたわけでもなく、両者の間には〈選択される近代〉とも呼ぶべきものが横たわっていたことを本稿は指摘した。

(掲載:2019年2月19日)

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